「世の中はしつこい、毒々しい、こせこせした、その上図々しい、いやなやつで埋まっている。
元来何しに世の中へ面(つら)をさらしているんだか、解(げ)しかねる奴さえいる。
しかしそんな面(つら)に限って大きいものだ。」
夏目漱石先生の「草枕」からの一節です。
何があったのか知りませんが、よっぽど腹に据えかねていたんでしょうね。
「則天去私」なんて立派なこともおっしゃった口で、こんな言葉が聞ける人間臭さが漱石先生のファンにはたまりません。
確かに世の中にはいわゆる「迷惑な人」「困った人」と言うのは必ず存在します。そしてその被害者となる人も。
最近は「(相手は)誰でもよかった」なんてはた迷惑な加害者もいますが、大抵の加害者はやはりターゲットとして人を選んでいるようです。そのターゲットにされた人はたまったものではありませんが、中には「何度も」「いろいろな迷惑な人から」ターゲットにされやすいタイプの人もいらっしゃるのではありませんか?今回はそういうターゲットにされがちなあなたと「どうやって自分の身を守ればよいか」を考えてみたいと思います。
世の中はジャングル、どこに猛獣が隠れているかわかりません。必ずしもかわいいリスや小鳥だけではないのです。脅かすわけではないのですが、確かに思わぬところからクマが顔を出すとも限りません。獰猛なクマに襲われたらひとたまりもありません。こういう時どういう対応方法があるでしょうか。
ネットで調べてみると次のような内容がいくつかのサイトに載せられていました。
<うっかり出会ってしまった時は、クマをこわがらせないように、クマに優しいことばをかけながら、少しずつあとずさりして離れてやってください。怒ったり棒や石を投げたりすると、クマは人間にやられると思って、走り寄ってきて、人間をはたいて逃げることがあります>(日本熊森教会編 「クマに出会ったらどうすればよいのか」)
<とにかく、突発的に走って逃げるとか、大声でわめくような行動は、ただでさえびっくりしているクマを更に怯えさせ、ストレスのあまり防衛的な攻撃に移らせる可能性があります。落ち着いて。静かに。走らない! ゆっくり両腕をあげて振り、穏やかに話しかける。すぐそばに障害物(立木など)があれば、可能ならクマとの間にそれを置く位置関係に静かに移動(注:万一の突進に備えて)。>
(知床財団 「もしも・・・出会ってしまったら!? ~ヒグマ対処法」)
これらのクマへの対処法は実は「攻撃的で迷惑な人間」にも使える対処法なのです。
私は以前から、これらのコツを3つの原則にまとめていろいろなところでお話してきました。
その原則が「逃げない・こびない・戦わない」の3原則です。
3原則の一つ目は「逃げない」こと。クマに限らずどんな動物でも「弱肉強食」の世界に生きています。だから常に相手が自分より「弱い」かどうかを、動物的な勘で判断します。人間でも同じ。攻撃的な人は相手が弱みを見せたならば、決して見逃しません。だから「逃げてはいけない」、これが第1の原則。
クマに限らず動物は目を合わせたときに、先に目をそらしたり、そもそも目を合わさず弱気な態度を見せる相手には「勝った」と思います。そして相手が「弱気だ」「逃げ腰だ」と思ったら、攻撃を仕掛けてくるものです。人間も同じ。プロ・ボクシングの選手が試合前の顔負わせの時にお互いの目を見つめ合っているシーンをご覧になったことはないでしょうか。目力(めじから)と言うのは一瞬でどちらが上位かをあらわにしてしまうのです。にらみつける必要はないですが、不自然に目をそらさないことは大切です。
そして実際に「相手が逃げ出したら、追いかけたくなる」。これも動物的な本能です。そう考えると「困った人」「迷惑な人」は自分より弱い相手、逃げ出していきそうな弱気な相手を探してターゲットにしているわけです。
くれぐれも言いますが、「戦う」必要はありませんが、「逃げないこと」は大切です。
では具体的にはどういう態度をとればよいでしょうか。これは相手にもよりますがなんといっても、まず「弱気なところを見せない」こと。苦手で困った相手ですが、逃げると追ってきます。たとえ内心不安で一杯でも、「胸を張って堂々としたふるまい」を演じましょう。これは気休めではありません。
その証拠にアメリカの社会学者が「フリをすることがこころを変える」という実験結果を説明した動画を紹介します。ここで語られていることは科学的な実験データに基づいて、しかも人間や動物のボディランゲージがいかに相手だけでなく、自分自身のこころまで変えていくか、ということです。少し長いですが、是非ご覧ください。日本語字幕もついていますので、全画面表示でご覧ください。
私はこの動画を見て「嘘でもいいから胸を張れ!」ということを学びました。動物でも人間でも身体のボディランゲージは心にまで影響を及ぼします。「逃げたい」と思ったときこそ、胸を張り、顎をあげ、組んでいた腕をほどいて腰に手を当て、相手に対して正対の姿勢を取りましょう。その為にも、自分の部屋やトイレの中で、2分間「堂々としたふるまいのポーズ」の練習を繰り返しましょう。その「堂々とした態度」が本物になるまで繰り返し練習をしておくことが大切。
間違っても背中を丸めて、うつむき加減で、腕を前で組んだり、少し半身で逃げ出すような姿勢はとらないようにすることです。
戦う必要はありませんが、決して「逃げてはいけない」、これが一つ目の原則です。
さて「逃げない」で「堂々とした態度」を取る練習をした後は、二つ目の原則「媚(こ)びない」こと。
一つ目の「逃げない」原則にも関連しますが、ここでは会話や態度のトーンと内容が問題になってきます。
簡単に言えば「下手にでないこと」「取引などをしないこと」。
再びクマの例を出せば、クマに出会ってその被害を避けるために思わず食べ物などを投げつけて、気をそらしたすきに逃げようなどと言う手段をとるということも考えられます。しかしそういう「相手を一時的に満足させて気をそらす」やり方は、結局「餌付け」をしているようなもので、ますます相手は離れていかなくなります。
嫌な相手にお世辞を言ったり、おべっかを言ったり、媚びる方法で相手の手の内に入れてもらう方法は、結局相手の子分になるだけでますます相手は離れていきません。むしろ自分の都合のよいように使い走りをさせられるようになり、泥沼化していきます。職場の上司、お局様やママ友のボスに媚びて保身を図るという日本的な(トランプ対安倍首相!)生き方もわからないではありませんが、結局離れられなくなってしまいます。
もしあなたが「困った人」「迷惑な人」から離れたいのなら次のような方法を取ってみましょう。
まず態度については、先にも述べたように凛として堂々とした態度を取りましょう。笑顔も大切ですが、媚びるような笑顔はよくありません。そしてやり取りに関しては、①できるだけ丁寧語を使う ②礼儀正しくふるまう ③やり取りはできるだけ短いフレーズで簡潔にする を心がけます。
①丁寧語 ②礼儀正しさ
これは相手との距離を保つということです。動物でも人間でもプライベート・ゾーンというものがあります。そのゾーンに入るということは、できるだけ避けます。逆に相手はこちらを脅かすために不意を突いてプライベート・ゾーンを突破してこようとしますが、こちらはそれに対してできるだけ距離を置いておきます。自分と相手との間に境界線を引いて他人行儀だが、付け込む隙の無い礼儀正しさは必要です。
③短く簡潔なフレーズ
これは相手に対してできるだけ反応を減らして無関心をふるまうということです。「逃げる」にせよ「媚びる」にせよ、「戦う」にせよ、こちらが何かしらの反応を見せることで相手の攻撃は勢いづいてきます。例えば何か言われても「そうですか(「そうですね」ではないところに注目。「そうですね」は同意したように思われてしまいかねない。)とか「なるほど・・」「だから?」「それで?」等の短くそっけない一言や、相手の言ったフレーズをそのままオウム返ししてこちらの反応を極力付け加えないなどの方法も効果的です。もちろん「全くの無言で無視を続ける」というのも悪くはありませんが、この方法をとると一時的にこちらの反応を引き出そうと、ますます攻撃が増加してくる傾向が出てきます。それでも無視し続けることができれば結構ですが、なかなか根性がいりますね。
ただし直接出会うことは少ないけれど、ラインや電話などを繰り返してくるタイプの場合は、完全無視が鉄則です。何度電話してきても無視し続けます。相手の粘りに負けたり、ちょっとかわいそうになってたまに電話に出たり、返事を送ったりするのは逆効果です。こういう「たまに反応がある」対応をされると相手はますます離れていきません。これを「パチンコの原理」と言ったりしますが、なかなか反応がないのにたまに反応があると、嬉しさ百倍でやめられなくなるのです。ですから本気で離れたいのなら、一時的にこちらの反応を引き出すために攻撃が増えるかもしれませんが、それを承知で「徹底無視」が原則でしょう。そのうち相手もあきらめます。
さて3番目の「戦わない」原則。
「戦わない」という一点で言えば、①まずこちらの気持ちを落ち着かせる努力をする。それによって相手の攻撃性を鎮めていく
②あるいは相手の攻撃性をそらす ③さらには対等の関係に持ち込む などの方法があります。
様々な方法がありますが、ここでは相手に嫌味や皮肉、あるいは批判・攻撃をされているその時にすぐに取り組める方法としてはやはり「腹式呼吸」が一番手っ取り早く効果があると思います。
「腹式呼吸」
「鼻から数秒息を吸い込んで、しばらく息を止めた後、口から少しずつ息を吐き出す」という方法です。数秒と言うのは5秒程度でよいと思いますが、吐き出すときはその倍以上かけてゆっくりと、そして「必ず最後まで吐き出す」ことがコツです。「息を吐き出し切る」ことで副交感神経が働いて、気持ちや身体を落ち着かせてくれます。できれば「最後まで息を吐き出し切る」時に、息と一緒に肩の力を抜いていくことができればなお効果的でしょう。その場で相手に気づかれないようにそっと行うことができます。
不思議なものですが、二人の人間が感情的に接近している時、お互いが刺激し合ってますます炎上していきます。感情と言うのは自他の境界線を越えて伝染していくものなのです。そうであるのならば、逆に「落ち着き」と言うものを意図的にこちらから相手に伝染させていくことも可能です。行くら相手が怒っていても、こちらが「『おちつき』と言う『気』を送る」ことによって伝染させることは可能なのです。少し時間はかかるかもしれませんが、「議論と喧嘩は怒った方が負け」なのです。
次に<相手の攻撃性をそらす>には、①話を変える ②ユーモアな切り返し の方法があります。どちらも説明すれば簡単なのですが、いざその場でこなせるようなるには、最後にも言いますが、事前のトレーニングが必要です。
①話を変える
区切りのいいところで「なるほど。ところで・・」「話は変わりますが・・」「そう言えば・・・」「それはそれとして・・・」と話の内容を変えていく方法です。この話の接ぎ穂を上手く使えば不自然でなく話を変えていくことができます。
②ユーモアで煙に巻く
これはもうその時々のひらめきですが、ある程度自分で使えそうなフレーズを事前に用意しておくことも良いですよ。ただし皮肉の切り替えしに皮肉で応じるというのはよくありません。「戦いモード」になってしまいかねません。相手にもよりますが、批判されたら「ほんとに困ったもんですね」などと自虐ネタで応じるは良いかもしれませんね。これについても最後に触れます。
<相手と対等の関係に持ち込む>には、③逆に話を聴いていく ④きっぱりと「私メッセージ」を伝える などがあります。
③話を聞いていく
たとえば嫌味や皮肉を言われたときは、「私なにか失礼なことをしましたか?」『そんなこともわからないのか』「申し訳ありません。具体的に教えていただけませんか?」などと突っ込んでいくことや、『あなたは良いわね、お気楽で』「ということは○○さん、よほど大変なんですね。何が一番大変ですか?」などと対等な関係で聞いていくことです。案外、自分のしんどさをグチグチと話してくれるかもしれません。
④きっぱりと私メッセージ
いわゆるアサーション・トレーンングなどで使われる「私」を主語としたフレーズで自分の気持ちを伝えるというやり方。腹が立った時は「私はそう言われると傷つきます」、的外れな批判をされたときは「私にそう言われても困ります」などの言い方をしてみましょう。
長くなりましたが、「逃げない・こびない・戦わない」ためには、まず自分の相手に対する反応、つまり「逃げてはいないか?」「媚びてはいないか?」「怒りに振り回されていないか?」という問いかけを自分自身にすることが必要です。
そして「逃げずに堂々と胸を張って相手に正対する」練習、「相手に媚びずに冷静に受け答えをする練習」、「攻撃されたときにどう切り返せばよいか、事前にいくつものフレーズを考えておく練習」を心がけましょう。
たとえば『あなたはいいわね。お気楽で。私なんかこんなに大変なのに。』などと皮肉っぽく言われたらどういう答え方のフレーズが思いつくか、リストアップしていきます。
「お気楽にみえますか。そうですか。ところで話は変わりますけど、○○さんが今はまっているドラマって何ですか?」と話を変えるようなフレーズや「へ~○○さんはお疲れなんですね。特に今、何に一番手こずっているんですか?」などと話を聴いていったり、「ホントにお気楽ですよ。変わってあげたいぐらいです」とユーモアで切り返すフレーズなどを最低でも5つ、できれば10ぐらいを考えてみましょう。頭の練習にもなりますし、自然に口を突いて出てようになればしめたものです。
そして最後に、クマの対処法に学んだ最後の仕上げは「ちょっとずつ、ちょっとずつ後ずさりして、相手の視野から消え、最終的に相手との関係を消滅させること」です。逃げ出すのではなく、媚びるのでもなく、戦うのでもなく、相手の方からこちらの存在を忘れるまで関係を薄れさせること。相手がこちらのことを「そういえば、あんな奴いたよな」と思うぐらいに関係が薄れれば、再びターゲットになることもなく、もう危機は過ぎ去ったと言えるでしょう。
さぁ今日から「トイレに2分間こもって自信満々のポーズの練習」をして、「礼儀正しい敬語の使い方を勉強」しながら、「嫌味皮肉や批判に上手く切り返すフレーズ」を相手の顔を思い浮かべながら考えてみましょう! 練習あるのみ!
(*ただしこのコラムで触れた対応法は、あくまでも相手の行為がハラスメントや犯罪には至らない場合の対応です。これが一線を越えるようなひどいハラスメントや人権や人格を激しく傷つけるような場合は、きちんと立ち向かわなければいけません。もちろん個人で行うのではなく、理解者・味方と共に法律を背景に立ち向かうことが大切となります。今回のコラムではそこのところまでは触れていません。)
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